FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

来たぞモンゴル

ロシアとの国境を越えて、なんとかモンゴルへ突入。

ここからウランバートルまでほぼ一本道。
ウランバートルでは大仕事が待っている。

7月27日に そこの空港から一時帰国するのだ。
理由は、7月31日に会社に出社し、退職辞令を受け取るためだ。
つまり7月いっぱいは、まだ有給休暇中のサラリーマンなのだ。

キャンセルのきかない航空券をすでに予約してるので、絶対それまでにはウランバートルに着かなくてはならない。

それだけではない、帰国までにバイクを預かってくれる所も見つけなければならない。
勿論あてはない、言葉が通じないのでかなり難航するかも知れない。

幸い、このペースなら明日にはウランバートルに着く筈。
だとすると、帰国まで5日間あるので ま、なんとかなるだろう。

国境の手続で もう昼をとっくに過ぎている。
何処かで一泊しなければならない。

うらんからの情報では、ある程度走ると林が途切れるとのこと。
そのため早めににテントを張るつもりで走る。

しかし、雨雲が雷を背負って後ろから追いかけてくる。

ヒタスラ逃げるが、しつこくついて来る。
丁度100km走った所で、木が無くなり、景色が あのモンゴルの写真によく出てくるグリーンフィールドになる。

こうなったらしょうがないんで、走れるだけ走ることにする。

a2.jpg

a3.jpg

しかし、いくら探しても、何処にも隠れる所が無い。
そこでフィールドをひとやま越えてその裏にテントを張る。
a4.jpg


7月22日
今日はいよいよウランバートルだ。
途中景色の良い所があったので、そこで朝食のパンを食う。
a5.jpg


そうしているとチャリダーが前方からやって来た。たしかポーランド人。
彼はこれからロシアへ行くそうだ、自分とは逆のコースだ。
そこで、モンゴル通貨を持ってないか聞くと、少しはあるとのことなんで、ロシア通貨1000ルーブルと両替してもらう。モンゴル通貨を持っていなかったので助かる。これでガソリンを入れられる。a6.jpg

ようやくウランバートルに到着。
予想以上の交通量だ。
a7.jpg


市内を回って宿を探すが、安全にバイクを駐車でき、安い所が見つからない。
しかたがないので、地球の歩き方に出ている駅前のホテルにするが45ドルと高い。
取り合えず2泊予約し、その間に安い宿を探すことにする。


7月23日
今日は、まずウランバートルの日本大使館に行く予定だ。
理由は、バイクで入国した際、パスポートに自動車マークのスタンプを押されたんで、バイクを置いて帰国できるのか不安、それを確認するためだ。

そして、そのついでにSIMを購入するための携帯電話ショップを教えてもらう。

それと  ”バイクを10日程度預かることは出来ますか、もし可能ならいくらですか?”  っとモンゴル語でノートに書いてもらうのだ。

バイクの預かり場所探しの件で色々悩んだ末、これをもって宿を回るのが一番効率的と考えたからだ。


朝、大使館に行くためにホテルから出た途端道に迷う。ウロウロしていたら、お巡りさんに止められる。

なんでも短い距離だが一方通行を逆走したらしい、廻りを見ても標識が良く分らない。
道路脇の見張小屋みたいな所に連れて行かれる。

その時、流暢に日本語を話すお兄さんに「どうした?」っと話しかけられる。
なんでも名古屋に3年居たらしい。
そのお兄さんが交渉をしてくれることになった。

そのお巡りが4万tg払えば許してやると言ふ。

しかし、俺はポーランド人に両替してもらった2万5千tgしか持っていないと話す。
したらなんと、持っている分で良いと言ふ。
そして、通訳のお兄さんが5千tg値引きに成功。

つまり、”その場でズバッと現金値引き”まるで、〇〇電気みたいだ。

しかし、そんないい加減な罰金ってあるんだろうか、どうせ自分の副収入になるのは明白だ。

御蔭で、大金2万tgも失ってしまった。
え、日本円でいくらって? 1200円ちょっとかなー(^^ゞ


通訳をかってでてくれたお兄さん、また日本に行ったら電話してくれるそうだ。
a8.jpg


その後、日本大使館はすぐに見つかる。
早速、パスポートの自動車マークの話をすると、これは単に陸から入国したと言ふ意味で、空から来ると飛行機のスタンプになるんで心配ないと言われ、一安心。

ついでにSIMを買うテレホンショップを教えてもらい、あと、例の「オートバイを預かって欲しい」意の文をモンゴル語で書いてもらう。勿論これらは大使館の仕事ではないのだが、快くやってくれた。

大使館を出て、モンゴル通貨が罰金で無くなってしまったので、まずは両替屋を探す。
地球の歩き方を見ながら、両替屋の近くまで行った時、たまたまゲストハウスを発見。

ダメもとで、早速ノートを見せて宿泊とバイクを預ける件を交渉したところなんとOK !

それもバイクの預かり金は10日で700円以下!
宿泊も、一泊で700円以下と言ふ驚異的なプライス。

それに、日本人が一人宿泊している。
旅行中の学生で英語が普通に話せるので、通訳してもらい、スムーズに交渉終了。

明日からの予約を入れ、両替をして、テレフォンショップに行ったら、日本語が話せるきれいなお姉さんがいて、首尾よくSimをゲットし、ホテルに戻る。

ようやく俺にもツキが廻って来たようだ。

これがそのゲストハウス、柵の中に駐車場があり、バイクも安心だ。
このゲストハウスは地球の歩き方に乗ってなく、ネットで探したが出てこないんで、ドミトリーなら大体空いているようだ。
ゲストハウスの名前も良く分らないが、多分ナチュラルセンターゲストハウスかも。
a22.jpg
最初PUBゲストハウスだと思っていたが、一階フロアにパブがあったんで違うみたいだ。



右がゲストハウス先住者のひろし(敬称は要らないとのこと) 左がその後入居した(忘れた)?君 二人には大変世話になりました。
a18.jpg


7月24日
ホテルからゲストハウスに引っ越す。



ひろしがツアーの申込に行くと言ふのでつき合わせてもらう。

格安のツアーを紹介する所があるとのこと、これはラッキーかも。

モンゴルで乗馬をするのが夢で、そのために事前に日本で乗馬を少し習っておいたのだ。

行ってみるとなんとホンゴルゲストハウス。ここは俺が宿泊を断られた所だ。
英語しか通じないんで、ひろしに明日の1Day乗馬ツアーを申し込んでもらう。

ウランバートルから数十キロ北東に行った所にあるテレルジ。
その手前にある保護区の観光と乗馬で、価格はたしか41USドル、これは安い。
一日遊んで3千円チョットしかしない。

ひろしはゴビ砂漠ツアーを狙っているようだ。

その帰り道、彼と食堂に寄ってみる。

モンゴルの食堂の入り方とか分らないので、一人だとどうしても敬遠してしまう。これはチャンスだ。

ひろしは流石旅慣れているようで、ソツなく注文していく。
俺もサラダを頼んでみたが思ったより量が多く、縮んだ胃袋にはキツイ、これで200円ぐらいだから安い。

彼はピロシキを二枚食べて100円しなかったが、中国からモンゴルに入ったのでこれでも高いと感じるらしい。


その後、別れてウランバートルを少し見学するが、この街に来て一番驚いたのが車の交通マナーだ。
日本では考えられないほど、皆 運転が荒い。

車で道路に入る時は走っている車がいても相手がブレーキをかけるのを計算して脇から飛び出す。
当然怒ってクラクションを鳴らされるがお構いなしだ。

しかし、それがここでは普通のことなのだ。

その証拠に車のクラクションの音が街から鳴り止むことはなかった。
更に驚いたのは、その車が飛び交う6車線道路を、家族連れが渡っていくのだ。

これがその写真だ
a9.jpg
車は渋滞で止まっているのではない、ゴーゴー走っている状態である。
a10.jpg
これでも不思議なことに、交通事故には滅多に遭遇しない。
交通マナーがいい加減な分、それに対する自己防衛のスキルが磨かれるのではないかと思う。
そうだとすると、日本のように交通マナーが整備された所は、逆にその防衛スキルが錆びれている可能性がある。

チョット、脱線するが、昔、交通戦争とか交通地獄とか言われ、多大な犠牲者が出た時代があった。
しかしその後、事故の上昇率も減少した。
その理由は交通ルール、マナーが行き渡ったためであろう。
しかし、もしかしてそのまま放っておいても、勝手に減少したかもしれない。

当時の事故多発の原因は、自動車の普及速度に、自己防衛のスキルアップ速度が、追いつけなかった為ではないだろうか。
もしそうなら、モンゴル人のように、スキルレベルが追いついた時点で、事故が減少するはずだ。

危険だと感じる行為を普通にこなし、なんで事故にならないんだろうと考えるとそんな気がしてくる。
多分、日本人が、歩行者、車ともに同じ事を皆はじめたとしたら事故の山ができるだろう。



7月25日
今日は乗馬体験ツアーと言ふ事で、朝ホンゴルゲストハウスに行く。

6人のツアーで、フランス女性一人といろんな国の男性5人と言ふグループである。

最初は少し話すが、言葉が通じないのはやはり面倒なので、自然と会話はなくなる。
予定より1時間遅れて出発、ま、日本じゃないからね。


ウランバートルから一時間半ぐらい走った所で目的地に着いたようだ。

場所は良く分らないが保護区らしい、きれいな所だ。

皆さんしばらく散歩したところ(俺は寝ていた)で、ゲルに入って羊の煮込みみたいなのを頂く。
旨いが羊が苦手な人は辛いかも、フランスのお姉さんは辛そうであった。
a11.jpg



その後待ちに待った乗馬である。

モンゴルの馬は全体的に小柄で上下運動が少なく非常に乗りやすい。
乗馬初心者の俺でも楽に乗ることが出来る。

しかし、この馬は頭がよく、いつもの決まったルートをキッチリ歩こうとする。

それでは面白くないので、無理やりルートから外させようとタズナを引張る。

馬と意地の張り合いをしていると係りの男の子から注意されたのでしばらくは静かに乗っているが、それでは意味がないんで、また馬に静かに戦いを挑む。

しばらく抵抗していた馬が根負けしたらしく、ある程度素直に従うようになった。

これが調教と言ふやつだろか、それとも虐待?

そんな訳で自分だけ走ったり、他に行ったりする。
馬も割と素直に従うので先ほどのように注意されることもなくなったようだ。
 
モンゴルの草原を馬で駆ける爽快さは病みつきになりそうである。

他の人は多分乗馬は初体験らしくただ決められた道をゆっくりあるくだけであった。

やはり多少なりとも事前に練習してると楽しさが全く違う。
これだけは練習しておいて正解だったかも
a13.jpg

流石、保護区なかなかの景色 左に見えるのが有名な亀石
a14.jpg



子供は皆、馬がチャリ代わり
a15.jpg



亀石のアップ
a17.jpg



7月26日
日本一時帰国の前日 明日の出発準備を一通り済ませ、ウランバートルを歩いてみる。
食堂に入ってみる。
a19.jpg


メニューを見ても何も分らないので600TG 約40円を注文したら、ピロシキみたいなやつだった。
a20.jpg


ロシアと違い、看板に英語があるので大変有り難し。(青い看板が両替所)
a21.jpg


7月27日
チンギスハーン空港までバス(約30円)で行き、そこから経由地韓国へ飛ぶ
パスポート一つで難なく審査をを通過する。
翌日昼過ぎ秋田空港へ到着、機を出た途端、むし暑さがここは日本だと教えてくれる。
空港まで迎えにきてくれたワイフと虎徹に感謝、20日程度留守にしただけだが、我が郷土がどこか違って見える。
多分生涯で一番長い7月になるだろう。


取り合えず、此処までがモンゴル前編です。

                       つづく


追伸
後編は、まさにチャレンジと呼ぶに相応しい内容になると思う。
 
                           




コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

損師

Author:損師
今年(2011年) 58歳になる親父です。
ただ今、バイクによるユーラシア大陸横断を計画中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。