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いよいよユーラシア大陸スタート

※明日はモンゴルに戻る日なんで、一気に書き下ろしましたんで、誤字脱字は許してくれm(__)m

7/12 ワニノからハバロフスクを目指し出発。
最初の60km程度は舗装だがあちこちに穴があり、ハマったらコケそうなんで、避けながら走行する。
その後は未舗装路が80km程度つづく山越え路だ。
未舗装というだけで、特に悪路ではないが、まれにある工事区間が短いが走りにくい。

写真は土砂崩れの除去作業のよう。車は皆、焦らずのんびり待っている。日本のようにイライラしないのだ。
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山越えの後はハバロフスクまで舗装路、
初野宿、回りを確認し、ε=ε=ε=┌(;゚д゚)┘ササッと脇道に入る。
本日の走行距離360km 明日はハバロフスクだ。

情報どおりやはり蚊が多い。用意したネット帽子は大正解
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7/13 昼頃ハバロフスクに到着、大きな都市だ。
ジュプヘゲン村郊外で殺害された仲間の現場位置を聞くために、日本領事館をたずねる。
地球の歩き方の地図ではたしかにここのはずが、無い。
困っていると、必ず出てくる助け舟、ロシア人ってなんと親切。
ロシアのライダー ユーリさんから先導してもらいたどり着くことが出来た。
場所は殆ど正解なのだが、入口が別の通りから入るので、分らないところにあった。
早速、領事館の方に現場のことを聞くが、よく分らないとのことであった。
これなら、もっとしっかり日本で確認すればよかったと反省。
行けば分るかもしれない、っとその場はあきらめる。

ナイスガイのユーリ氏
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それからである、そのロシア人のユーリさんから、これからワイフと食事の予定があるが、一緒にどうだとご招待されたのでお邪魔でなかったら、とのってみる。

奥さんは教師とのことで、英語が話せるのである程度の会話が出来、うれしい。
ボルシチや色々美味しい料理をご馳走して頂き、恐縮 

良い感じのカップルだね
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その後、ユーリさんにたのみ、携帯のシムカードを買いに付き合ってもらった。
安いノキアの携帯は日本で買っておいたので、現地のプリペイドシムを手に入れれば、現地の携帯になり、電話料金が格安になるのだ(国際電話のやり方しだいだが)。
シムカード購入手続がが全く分らなかった俺にとっては本当に有難い。
おかげでやり方はほぼ把握できた。
やり方は、街のテレフォンショップをなんとか探し出し(大きな町にはいっぱいあるようだ)金とパスポートがあれば、向こうでやってくれる。
その際、プリペイドのバランス(料金補充)も一緒にやってもらう。(後で追加など方法がわからないので)
ただこれを全身で表現するのだ(笑)
ロシア語ではシムカードのことをシムガルタと言ふ、バランスはそのままバランスで使えそうだった。
あとは気合だ。

ホテルまで案内してもらい、名詞に困ったことがあったらここに連絡しろと書き残し、彼は去っていった。

ホテルから望むハバロフスク 本日の走行250km
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7/14 朝ハバロフスク出発 道路の案内板にチタまでの表示がある、街をでたところで確か2200kmぐらい。
この看板がチタまで、各所に設置されており、走行のはげみになる。

チタまで1757km
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本日の走行510km
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グリーンのフィールドはジャガイモ畑 先がみえない
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この看板の青文字がコーヒー(食堂)とやっと解読成功。で、勇気を出して初めて入る
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食べ方はカウンターで最初にメニューを見て注文し、お金を払いテーブルで待つ。
食事後食器を片付ける必要は無し。
メニューには写真とかなかったので、ボルシ(ボルシチ)と言うとわかってくれた。
食料の物価は安く、一食100円前後だ。


ガソリンは、給油ホースのところに停め、窓口に行き、ポールニー(満タン)と言って、多めに料金を払い、自分で給油し、終了後窓口で釣りをもらう。お金がたりなければ、その料金分で給油は止まるので窓口に行く必要は無い(領収書が欲しければ別)
もちろん最初に10リットルと宣言してその分の料金を支払ってしまえば、給油後窓口に行く必要な無い。

窓口は鉄格子で厳重に防犯されている
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チタまで1000km
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7/15 本日の走行700km  寝場所探しでバイクは泥んこ状態。
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7/16 たまらず川でバイク洗浄
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草原地帯に入り、寝場所がない
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7/16 本日の走行 695km ようやく、林を見つける
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ようやくチタの街が見えてきた
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毎回のことだが、本当に宿探しに苦労する。
街をヒタスラうろうろする。
するとでた! 待ってました救世主ライダー!
バイクの安全なホテルへ案内してもらった。いつもながらロシア人には頭が上がらない。

チタのナイスガイ
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7/17 本日の走行270km ホテルからの風景つばめ何多い、これで夜の10時頃
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7/18いよいよ殺害現場を通る日だ。
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シベリア鉄道を望む
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現場に近づくにつれ風雨が強くなり、おまけに予定より50kmも早く燃料が予備に切り替わる。
その中、それらしき道があったので入ったが、どうやら外れ、引き換え増と方向転換中に初立ちゴケで、必死でバイクを起こすが腰に効く。
遂に捜索を諦め、ガソリンスタンドまでハラハラで走り、なんとか60km程度行った所で辿りつく。
供養したかったのだが、あまりの状況の悪さ、何かあるのだろうか。
いずれにしても、残念だ。

7/18 現場から100km程度行った所  本日の走行410km
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一面の蕎麦畑
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ウランウデに到着 ここは以前うらんが泊まったホテルで 座標を残してくれた御蔭で、ホテル探しの苦労から開放される。
ただ、一泊1200ルーブルとかなり値上げされている。
7/19 本日の走行280km 
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このホテルは非常に良いロケーションで、近くに市場があり、見学だけでもうれしい。
ホテルに1泊し、パイカル湖に行き、ウランウデをそのまま通過してモンゴルに向かう予定であったが、色々計算すると、ホテルに2泊したほうがベストな選択だとわかる。
うらんもここに2泊している、伊達に世界を2度も回っていない。
これからも参考にさせてもらおう。

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ホテルの近くの店だが何の店か分らない、全ての街がこんな感じ
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7/20 ウランウデから170km、バイカル湖畔に到着 対岸が飛島から庄内平野を望むような感じで微かに見えるDSC_0358.jpg

生バイカルを見れたことで感動していると、近くのロシア人がこれを食えと鱒の燻製を持ってきてくれた。
かなりデカイ、流石に半分ちょいで限界。
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こんどは別のロシア人が来て色々話しかけるが、全く言葉が通じない。
しかし、なぜか意気投合不思議なもんだ。
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そして奥さんを連れてきた。一緒にテントで食事しない?っと言われたが、鱒で十分になっていたのでことわる。
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このグループが鱒を頂いたナイスガイ、手前の壷には鱒の塩漬けが満タンだった。釣れるんだろうね。
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ウランウデに戻り、丘から街を望む
7/20 本日の走行350km
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7/21 朝8:00頃 モンゴル国境に向け出発
途中道に迷いながらも国境の検問所に到着
手続も何も全然分らないが、行くしかない。
パスポートを見せ第一ゲートを通過。
出獄審査を受ける
それが終わると次の建屋で税関検査でロシア側終了。

ほっとする間もなく、モンゴル側建屋で入国審査
その次に別のモンゴル側建屋で税関審査

結局、3時間ぐらいかかり、無事通過

これでなんとかモンゴル入国となった。
その間、自分のやったことは、関係ありそうな書類をありったけ提出し、あっちへ行け、こっちへ来い、ここにサインと言ふ按配に言われたとおりうろうろするだけであった。
でも結局はそれでなんとかなるのだ。

いよいよモンゴル編だが、これは次回帰国まで無理かもね(^^)v

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Re: ご無沙汰でーす。

熊ちゃんレス遅くなりすまぬ。
ホントにご無沙汰。
何とか生きて帰ることが出来た。
でも、まだ人生始まったばっかし。
さぁて、次じゃ。

お互い、人生楽しんじゃおう(^^)v

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プロフィール

損師

Author:損師
今年(2011年) 58歳になる親父です。
ただ今、バイクによるユーラシア大陸横断を計画中。

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