スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

仕事なんかしてる場合じゃねぇ

ここは
とあるエキセントリックオヤジが、
死ぬまでにせめて自分が居た星ぐらい見ておきたい! と思い立ち。

殆んど知識がない状態からスタートする、サスペンス的ブログである。
とにかく、これからどうなって行くのか、殆んど分からんのだ。

まずは高春(高年の青春の意、こんな日本語はないのであしからず)について。
高春とはなんだ!
青春が 身体がフィジカルに活動開始できる時期だとすれば、その終了真近の状態。
つまり、フィジカルに活動できるラストチャンスだ。

ここを逃すと、老年期に入りどんどん身体的制限が加算され、その末路に死が待っている。
高春期間はおよそ、今まで生きてきた時間の5分の1。
やるなら今しかねぇ。

これが高春だ!
大きな空に梯子を掛けて、真っ赤な太陽、両手でつかむことが青春なら、つかめなかった部分に最後のチャレンジを試みる。
そうとも、これが高春だ。


実は、「もしかして自分だけは死なないんじゃないのか」 なんて言ふ漠然とした思いがあった。

そんなことはある訳が無いのだが、多分かなりの人にそんな気持ちがわずかにあるのではないだろうか。
これは本能から来ているものだろう。
少なくとも他の動物は、自分の寿命など考えながら生きているとは思えない。

そんな俺だが、歳を重ねる毎に規則的な身体の変化に気づく。

まず、近くのものが見えづらくなる。  老眼開始
一年近く腕が上がらない。       50肩開始
髪が抜けてきた             ハゲ頭開始
髪に白いものが増えてきた       白髪頭開始

見事に死への階段を一歩一歩確実上がっている。
やはり逃れようの無い現実だ。


「やらずに死ねるか」、ついに覚醒した。

 ……そんな状況から始まり、決意してから、実はもう数年が経過してしまった。

やはり、先立つものがないと、さすがに動けない。

セコク、セコク、そしてセコク、ヒタスラ資金を溜め込む生活がつづく。

ようやく今年の6月に、何とか食える程度の資金が調う目途が立った。
いよいよ会社を辞める時期が来たのだ。

人はもったいないと言ふ。

40年近くも勤めれば、通常の平均月収からみればかなりの高給となる。
これがなくなる上に、この歳で、この景気だと もう働き口は無いし、有ったとしても月収は今の4分の1にもならないだろう。

しかし、その現収入と、もう二度と帰ってこない、残り少ないフィジカルな活動時間と、どちらが価値があるか。
これは各人異なるだろうが、自分は金より命が大事だ。





 ……遠い昔、タンスに仕舞い込んだ夢をようやく引き出すときがきた。

しかし、この数年間、少しづつ準備は始めていた。

整理するためにも記録に残しておくことにしよう。

この数年間でだいぶ啓蒙された。

一番助かったのは友人に(屋号ウランと言ふ)、バイクで世界2週したねーちゃんがいたことだ。

そのねーちゃんの話で一番残ったのは、ぶっちゃけ、旅自体はわりと気楽そうなことだ。

それまでの自分のイメージとしては、未知の国は、山賊盗賊モンスターが棲むドラクエの世界だった。
お陰でだいぶ気が楽になったが、ゲーム的にはちとつまらないような複雑な気分。

だが、相手はこの業界で最強のゴッドねーちゃん。
肝っ玉がハンパないんで、鵜呑みにも出来ねーかも知れん。

たしかに、恐い思いもしているようだし。

彼女やその他経験者曰く、
それ以上に大変なのは、入国手続らしい、要はビザや税関手続のこと。

最初ビザとか税関とかごっちゃになってわからなかったが、
最近ようやく分かってきた。

どうやらビザは人間の通行手形、税関は荷物の関所
つまり、荷物を持たない入国者は税関は関係ないし、荷物だけならビザは関係ないことになる。

こんなことも知らないんだからこの先が思いやられる。
そんで、国によってビザを取るのが大変だったり、荷物を通すのが大変だったりするようだ。


ここでもうちょっと税関手続について

バイクは当然荷物なので税関を通ることになる。

単なる荷物として持っていくなら、そのまま持って行き、輸出手続きをして船や飛行機に載せる。
向うに着いたら、輸入手続きをしてお金(輸入税)を払って外に出して完了。

単純にはこれだけだが、これに向うでそのまま乗るとなると、またそれにいろいろ用意する書類とかがあるようだ。

勿論、輸入時の手続など御当地の言葉なので、普通は関税業者(というのがいる)に、頼むのが無難らしい。通常関税業者は旅行会社と繋がっているようで、値段も調べるといろいろあるようだ。
多分、そこに頼んで言われたようにしていれば、通関完了となるのだと思う。


ビザについては、事前に行きたい国の大使館に行って申請するらしい。

オレはロシアに行くので新潟のロシア大使館に行くことになる。

ただ、ビザの取り方は国によって違うようで各々調べる必要あり、ロシアの場合も観光ビザとかビジネスビザとかがあり、取り方がぜんぜん違うようなのでしっかり確認する必要あり。
(黄熱病予防接種しないといけない国もある)

とにかくパスポートとビザと旅費さえあれば船を予約して異国にいける。
バイクも荷物として持っていける。

ただ向うで乗るためだと、次のことを知っておく場合があるかも
カルネ
国際免許証
自賠責保険
国際ナンバー登録
グリーンカード

今の所、これぐらいが知識の限界。
決行まであと4ヶ月。がんばらねば。



現在までに決めたこと

・五大陸を5ステージとして区切り、1ステージづつバイクで走破する

・まずはバイクでユーラシア大陸を三ヶ月で横断する (両親扶養関連で、これが連続不在の限界)

・ルートは稚内からサハリン経由でロシアに渡り、一度モンゴル入り、その後ポルトガルロカ岬をひたすら目指す 道はそのつど決定

・そのために今年6月に賞与もらって三十余年勤めた会社を辞める

・そしてその月に稚内から出発する

・そこで、手始めとして、2月4日北海道に渡り、苫小牧から4ヵ月後にスタートする地、稚内港までバイクで下見に行く

ま、この程度で参るようでは世界など目指す資格ねぇだろーから、自分を試して見たい。



現在までにやったこと
・バイクを購入 (スズキジェベル250XC)
・予防接種(破傷風、A型肝炎) 


追伸
まだ出発しないうちからブログと言うのもこっぱずかしいので、ひっそり思いつきを書き綴っております。
スポンサーサイト

北海道上等

今夜は節分だがパラまく豆がない。

代りに宗谷アタックグッズが部屋いっぱいにまかれている。

明日仙台からフェリーに乗込むはずだったが、フェリーが休み。
しかたなく明後日に予約。

準備は少し余裕が出来たが、向うでの日程が圧縮されるのが辛い。

ブログなんか書く余裕は無いのだが、取敢えずタイヤ交換のくだりだけでも残しておこう。
ビフォー
これが我が相棒スズキジェベル250XC。
これからタイヤをスパイクに履きかえる

2011_0123(009).jpg
ハイ、履き替え完了(ヤフオクで落とした中古タイヤなのだ)
うーむ、なかなか、よさそうな感じだ

2011_0123(010).jpg
早速試乗。車庫を抜けると、そこは雪国なのだ。(何と恵まれた?環境だろう)


試乗の結果だが、スパイクはしっかり効く。

しかし、スパイクの責任範囲外のサクサク雪はスキーの様に滑る。
町内一周で2度コケそうになる(^^ゞ

滑るのと、シートが高いので足つき性が悪く、つま先しかつかない、かなりハードだ。
宗谷アタックのハードルが棒高跳びクラスに跳ね上がる。

北海道上等! 相手にとって不足はねぇ(汗)

その壱 出港当日からこれだ!

二月五日

いよいよ出発当日。

相馬からバイクをハイエースに載せ、仙台港フェリーターミナルに向かう。

作戦としては、仙台港にある南海部品でヘルメットを購入(家にヘルを忘れた)し、ターミナルでバイクを下ろし、相馬に引き返し、友人に送ってもらう手筈になっている。

しかし、早速トラブル発生!

途中ハイエースがオイル漏れを起こし動かなくなる。
ここは国道から離れた裏道で民家少しあるだけでスタンドも何もない。

緊急時の対応実習も今回の大事な目的。
しかし、まさかここからとは。

とにかく実習開始。
まずやることは、オイルの確保、その後修理屋に行き、点検する。
その先はその結果で考える。

2011_0205(001)_convert_20110217192222.jpg
で、まずはオイル確保。
どうするか、ヒッチハイクでオイルのある所まで乗っけてもらおうか?
‥‥! バイクを下ろそう。

ヘルメットがないので、徐行しながら、足を出して地面を蹴る動作をする。

見つかっても、訳を話せば、これならなんとか、許してもらえるのではと思ったからだ。

数キロ行った所に修理工場があった。

そこでオイルを4L分けてもらい、引き返し、給油し修理工場に戻り、見てもらう。
2011_0205(002)_convert_20110217192936.jpg

その間エンジンからオイルが流れるようにこぼれてくる。
もし、ガスケットだったら終了。
ここで、ハイエースを切り離し、バイクに点火、フェリー軌道へ、っとなるだろう。

しかし、幸いにもオイルストレーナが緩んだだけであった。
3年近く触っていないところだった。
いずれ自分の整備不良である、ハイエース君が怒ってもしかたなし。

修理工場のおやっさんに
「これから何処いぐの」

「北海道まで」

「エーなんでまた、この寒どぎにいがねばねぇの」
と呆れられる。

多分、これからこのパターンは果てしなくつづくだろう。

速い出発のおかげで、時間にはまだ余裕がある。

南海部品で、ヘルメットを購入する。
せっかくなので今回、ジェットヘルのシールド&バイザー付にする。
フルフェイスだと曇りやすいし、バイザーで多少雪避けになると考えたからだ。

フェリーターミナルに到着。

早速、バイクを下ろし、装備装着開始。

装着完了し、他の車の邪魔にならないところまでバイクを押して移動開始。
その時突然、バイクが ”ガッ”っと何かに引っ掛って止まった。

見ると、ヘルメットホルダーに掛けてあった新品のヘルメットにスパイクががっつり喰い込んでいる
まだ一度も被っていないのにもう悲惨な状況(TT)

幸い、シールドは無傷なので良しとする。
いやはや、前途多難である。元は全部自分の省なのだが。


気合と不安を抱えつつ、フェリーは出港した

その弐 苫小牧ベースキャンプに到着したぞ

フェリーには温泉のような立派な風呂がある。
湯上りに一杯やりながら、最北の地へ思いを馳せる。

一番厳しいこの時期、何も無いはずはない、それは本能的に感じる。
だがいったい何があるのだろう。
これは行ってみないとわからない。

今回の目的はあくまでも稚内にあるサハリン航路用フェリーターミナルの下見である。

しかし、それよりも30km北東にある日本最北の地、宗谷岬アタックとした方が、なんかカッコいいので、取あえずそう言ふことにしてある。

で、これからやることを簡単に整理しておこう。
「厳寒期にバイクで宗谷アタックを実施する」
これだけである。
あとはこの条件内で如何に安全で楽に低予算で達成するかがライダーの仕事となる。


二月八日

目が覚めたらもう苫小牧港の近くまで来ていた。

早速身支度をはじめる。

どんだけ寒いか分からないので、フル装備で上6枚、下6枚用意してある。
取敢えず上下とも最強防寒着を除いて、上下各5枚着込む。
うー暑い!
やばい、汗が出てきた。

下船し、一息いれる。
2011_0206(001)_convert_20110217205706.jpg

港から10km程度行った所に倅のアパートがあるのでそこに向かう。

気温はー4℃程だが上着のチャックを全開にして走る。

涼しくて気持ちが良い。

ようやく寒くなりかけたところでアパートに到着。
ここが宗谷アタックのベースキャンプになる。

お茶を一杯飲んで、いよいよアタック開始。
不安と期待を胸に相棒ジェベルとともに北に向け発進した。

まずはR234を岩見沢に向かう。
廻りは雪景色だが、幸い道路は乾燥している。

走り始めたばかりだが、最高に気分爽快だ「冬の北海道ツーリングって思ったよりゴージャスかも」。
などと悦に入り走っていた。

この先起こる悪夢も知らずに。
                         つづく






その参 悪夢が正夢に!

しばらくして、どうも単車がふらつく気がする。

スパイクタイヤなので、ノーマルタイヤに比べて、かなりふらつく。

もうちょっと具体的に言ふと、走ってるイメージとしては、まったくゴムの部分が接地していず、スパイクだけで走っているのではないかと思うほど、地面から浮いているような乗り心地で、アスファルトの轍にナーバスに反応する。
だから、ふらつくのは当たり前なのだ。

しかし、嫌な予感がして、恐るおそるリヤタイヤを覗いてみると………がーん パ、パンクしてる!

降りて確認するとしっかりパンクだ。

うーむ、落着け、テンパるな、これこそが修行だ。
と自分に言い聞かせる。

まず、時間はまだ1時30分だ、日が暮れるまではまだ時間がある。

最初に近くにパンク修理屋の有無を確認。
第一村人に確認したが7キロ先に自転車屋があるとのこと。
とてもこのまま走ってはいけない。

そこで、タイヤに空気を入れて見る。
抜けるのが遅ければ空気を足しながらそこまでたどり着く作戦だ。

だが、残念ながらアッと言ふ間にタイヤから空気は抜ける。

こうなったら覚悟を決め、自分でタイヤを修理する事に決定。
幸いパンク修理道具はあるし、道路は雪が無い。

しかし、此処で問題 オフ車なのでサイドスタンドしかついていない。
なるほど、ここで、両スタンド必要なことを学ぶ。

幸か不幸か、すく近くに本日営業していないGSがあったのでそこに引いて行き、そこに有った物を拝借してスタンド代りに使わせてもらう。

2011_0206(008)_convert_20110217223103.jpg

チューブを確認したところ、空気注入金具の根元の所がパックリ切れている。

これは、スパイクの効きを良くするため、タイヤの空気をかなり抜いていたため、走行中にリムとタイヤがズレて、チューブが切れてしまったのだ。
通常空気を抜いて走る場合はビードストッパーが必要になるのだが、そこまで用意していなかったのだ。

これは明らかに自分のミスから来たもので、自業自得である。
しかもこれは修復不可能な場所なのだ。

パンクチューブ
流石に予備のチューブまでは持っていない。

さあて、困った。

氷点下のなかで難問が次々と自分に向かって来る。

手に余るほどのトラブル実習、有り難すぎて溜息がでる。

さあて、どうする。

                           つづく
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。